さらざんまい 2話まで 考察 その2

その1  その3  その4

考察一覧

 

レオマブの正体

ティザーPV3本に共通する映像

1これが→2こうなって→3こうなる

 

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イクニラッパー/シリコマンダーズ さらざんまいティザーPV_本当のことをいうよ編 より

 

アップにすると

おわかりいただけただろうか。

仁王像阿形のように見える。

仁王像とさらざんまい。一体なんの関係があるのか。

答えは浅草寺にある。人力車ならぬ河童力車で宝蔵門から吾妻橋へ向かう3人とケッピ。

出発地点である宝蔵門の提灯、本来小舟町と書かれている文字が河童になっていて、両脇にいるはずの仁王像は(ちょうど見切れていてよくは見えないが)尻子玉を手にしているように見える。

仲見世通りを抜け、雷門をくぐる一行。

何故かこのシーンだけアニメーションでなくミニチュアの特撮だが、それはスルー。

本来、男と女の龍神が安置されているはずの場所に河童がいる。

造形上の違いは見いだせないが、左側だけ雷のような点滅する光を浴びている。

なんにせよ、龍神像の位置に河童がいるので龍神像=河童と仮定。(男と女はケッピとサラで説明できる)

宝蔵門の仁王像は尻子玉を手にしていて、雷門の龍神像=河童も尻子玉を手にしている。

そして2組は仲見世通りを挟んで向かい合っている。

 

続いてカワウソイヤの一節。

“我らは似たもの一つの生命”

我らとは勿論レオマブの事。

思えば彼ら二人のセリフはいつも二人でひとつ。描かれ方に至っては常に左右対象である。

浅草猫ズルムケ事件捜査本部にて

レオ(右)「それは俺らがやったのさ」

マブ(左)「それは昨日のことなのさ」

二人の立ち位置は左右対称。(ちなみに周りの警官が何も言わないのは二人はカワウソでもあるから理由は後程)

その後の猫山の欲望搾取シーン。

マブ(画面左)「はじまらず、おわらず、つながれないものたちよ」

レオ(画面右)「今、一つの扉を開こう」

銃内部の太鼓が回転

レオ「欲望か」

マブ「愛か」

猫山毛吉吸収。

そしてはじまるカワウソイヤタイム。

レオマブの踊りは手の動きから何から何まで上下左右対称

まさに阿吽の呼吸

 

次に

ティザーPV本当のことをいうよ編の画像。

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イクニラッパー/シリコマンダーズ さらざんまいティザーPV_本当のことをいうよ編 より

 

”欲望は君の命だ“というセリフと上下逆さまだがやはり対称を描く点からこのピクトグラムはレオとマブであると見られ、片方の顔に黒い絵の具。

レオマブ公式ツイの画像にて、マブだけやたらブレたり、マブが遠くに行くかのような絵が載ってたり、何より最後にマブが個人行動をして離れ離れになる事から、黒く塗られているのがマブだと思われる。

興味深いのが件のピクトグラムは「ほんとうのことをいうよ。君は繋がってるけどひとりなんだ。」の丁度“ひとり”が読み上げられる一瞬に現れる。

 

 

そしてダメ押しの最初の画像。

もうお気づきかもしれませんが、これも要は”対称“

上に描かれているのは口を開けているので阿形。つまりレオ。

すると下に見えるのがマブという訳で、マブが描かれてないのは黒く塗られていたのと同じ理由でしょう。

よってレオマブ=阿吽=仁王像。それを踏まえてもう一度猫山搾取シーン。

「はじまらず、おわらず、つながれないものたちよ」

吽形のマブは口元を手で隠している。その他のマブの発言シーンを復習。必ずしも口を閉じていなければならないというわけではない模様だが、吽形としてあくまでおおっぴらに口が開いているのを見せてはいけないのだろうか?

 

次にレオマブ=仁王像=カワウソ

これはいたって単純。

1話、一稀と悠、無心でキュウリをむしゃむしゃし「何かが呼んでる」の後。

レオとマブの交番がある建物の上。モロにカワウソいますね。

それだけでなく至る所に川ウソの文字。ちらっと映る標識、からもわかりますが、ここは合羽橋道具街と浅草通りの交差点。(これはOPの地図からもわかる)

そして2話、”カワウソ“イヤ。

あとカワウソイヤ中にカワウソマークと同じポーズをとっている。

よってレオマブは仁王像であると同時にカワウソ。

どういう事だってばよ。

 

TO☆KO☆RO☆DE

ダンス中の背景にケッピとよく似た顔が映ったのにお気づきだろうか。

当初ケッピの瞼には丸い模様(?)が二つだから、これはケッピではないと考えました。

が、1話の「溶けきる前に私に転送するのですケロ」

さらざんまいですケロ」のシーン。(ここ完全にキュウべえ)

アップで描かれたケッピの目元は一つ目の丸の模様までしか映っていなかった。

レオマブの後ろにいたのと全く同じ姿だった。

しかし、河童=龍神像なので、ケッピがレオマブ側なのはありえない。

そこでまた、“我らは似た者一つの生命“

ラジオ視聴者はご存知のはずだが、ケッピは声では欲望搾取と言いながら、テロップでは尻子玉搾取と流れる。尻子玉搾取も欲望搾取も結局同じ

ケッピもカワウソ2人も欲望搾取は共通で、河童に搾取されると河童カワウソにされるとカパゾンビ

河童とカワウソの手口は搾取対象を自分の代わりに戦わせるという点でも似ている。

とすると歌詞の”我ら“というのはレオマブの事だけでなく、レオマブと河童2人(ケッピ、サラ)の事を言っているのではないだろうか?

ダンスの背後に現れたのはいわばレオマブ(カワウソの姿)だったと考えるとぴったり辻褄があう。

というわけで

この一見意味不明なアニメの構造は

レオマブ=仁王像=カワウソVS河童=龍神

という事になる。

うん、意味不明。

そもそも河童=龍神像としたのは単に雷門裏に置かれてたからという理由でしたが、どちらの像も尻子玉を手に持っていますし、仲見世通りを挟んでの向かい合った形の対置、河童サイドVSレオマブのストーリーとの符合、河童とレオマブの類似性から河童=龍神像はしっくりきます。

何故かっぱ河太郎に封印されていたのか説明できませんが…

気になるのが雷門表の風神雷神実はアニメ本編の中では雷門の表側は一度も映っていない。(バッチリ映ってました)

レオの銃とスカイツリーの弾は太鼓。

太鼓といえば雷神。

風神・雷神像も龍神像も阿吽ではないので、レオマブ=風神雷神はないと思いますが、阿吽がただの記号で、2つで1つからレオマブ2人で=雷神みたいなのはあり得るか?

またアバンの河童シールのついた太鼓は風神雷神を思わせる。

わかったようでわからない…

そもそも何故同じ浅草寺を守る2組が争っているのだろうか?(丸投げ)

 

レオマブの今後の展開

阿は始まりを意味し、吽は終わりを意味する。

始まりと終わりといえば、レオマブのセリフに

”はじまらず、おわらず、つながれないものたちよ”

というのがある

また、ケッピに欲望消化された後の箱田と猫山は”はじまらないつながらないおわらない“と書かれた三つ巴のマークの中央に吸い込まれ、2話では猫山は写真から消滅し、背中に背負っていた猫は道路で首を傾げています。

つまり、猫山は死んだだけでなく、歴史からも消滅した?

ダンスの最後にレオがマブの心臓を引っこ抜きますが、心臓のメカは懐中時計のようにも見える。マブが何かしらヤバイのはわかってますので、マブの時間を止めたいor巻き戻したいといった感じでしょうか。

2話猫山消滅後、

「どうやら、邪魔者がいるようだ」

「急ごう。未来は欲望をつなぐものだけが手にできる」

という風に時間に関して言及してますし、欲望をつなぐという表現も気になります。

スカイツリーにはダンスの時にはなかったはずの無数のハートマークが。

 

春河と一稀

おおよそ間違いないと思われる考察から。

春河は足が不自由

根拠

・一稀と春河の家には手すりがついている。

2話、川縁で春河と一稀が話すシーンにてお父さんと思しき青い服の人が映り込んでいる。ご存知の通りこのアニメで物語に関係のないモブはピクトグラムとして描かれるので、この人はお父さんでしかありえない。

「僕も行く〜」の後のお父さんの「さて」とは「さて、(春河を連れて行く)用意するか」だったとみられる。

 

春河は足が不自由。2話のトイレでのセリフから一稀の願いは春河に関する事な訳だが、一稀はその足を治してあげたいという事だろうか。

事態はそう単純ではないのではないか。

 

一稀の矛盾

 

吾妻サラの女装自撮り猫泥棒をしてまでも春河とのつながりを大切にしている一稀だが、何故か”兄である一稀“として春河に接する態度はやけにそっけない。

2話アバン

春河「ねえねえ、今日のニャンタローのご飯、お魚三昧でいいかなあ?」

一稀「」(モノローグでは春河の紹介をしているが、実際はそっぽを向いて無視している。表情もだいぶ冷たい。)

そして無視されたのに全く動じない春河(日常茶飯事?)

 

トイレでのモノローグ

(僕がアイドル吾妻サラのフリをして繋がっている相手は弟の春河だ。僕は春河のために希望の皿を手に入れたい。)

 

川縁にて

春河「ねえねえ、ニャンタロー太ったかなあ?初めて会った時はもっとスリムだったよね

?」

一稀「変わんないだろ」(スマホ見ながら)

春河から感謝された時は嬉しそうな顔。(なんとなくまどほむを連想させる)

春河「あっ!サラちゃんだ!一ちゃんもサラちゃん好きなの?」

一稀「いや、全然。」(冷めた顔で)

 

何故、春河の為を第一に行動してると思われる一稀がそっけないのか。言っていることとやっていることが矛盾している。

 

春河について考えてみる。

既出の考察からわかっている事は足が不自由である事、公式HPにて名字が書かれてない事。

(春河と一稀は血の繋がりがない?)

単純に春河のキャラクターについて

・かわいい。

・唯一、女性が声を担当する男キャラ。(ゾンビの性別は分かりかねるので、ゾンビ役の加藤諒さんはスルー)

吾妻サラの大ファン

 

可愛いし、声優さんも女性だが、(アニメではよくあるが本作では唯一)

一応設定としては男で、一稀の弟のはず。

 

気になったのが2話の花やしきのアトラクション、スカイシップにて

悠「ハルカってだれだよ」

一稀「春河は僕の大事な弟だ」(一瞬つまって)

この不可解なつまり

春河とは弟というだけで何故詰まるのか?

 

一稀は兄弟としてではなく、春河を本気で愛しているのではないか?

(血は繋がってないからセーフ?)

冷たく接したのは”春河の兄である一稀“として春河に接しなければいけないから。

一稀は春河を弟として認識したくない。

悠にハルカってだれだよ?と聞かれて詰まったのも、春河を弟だと認めたくなかったから。

だから、“春河の兄である一稀”と”春河“は“つながる”ことができない

好きなのに、弟として接しなくてはいけない。

そんなどうしようもないジレンマを解消する唯一の方法が春河の好きな“吾妻サラ”へのなりすましだったとするとどうだろう?

彼が希望の皿に望むのは本物の吾妻サラになる事なのではないだろうか?

ご存知の通り1話で女装、2話で猫泥棒、と一稀の春河への愛は我々の想像を超えている。

また、確かに春河の為に希望の皿が欲しいとは言ったが足を治すとは言ってない

常軌を逸している彼なら、春河の為に本物の吾妻サラになりたいと思ってもなんら不思議はない。

一応この唐突で非常識な考察には一つの映像的な根拠がある。

上に書いた一稀と春河のシーン及び、彼ら一家の一連のシーンはだいぶオカシイ。

家族一緒にご飯を食べない一稀、春河だけでなく、母親にもそっけない一稀。

なのに、そのあと川縁にてお父さんの後ろ姿。

仲がいいのか悪いのかわからないし、お父さんは子ども達と会話せず座って一体何をしてるのか?

非常複雑である。そして母親に素っ気なく応答して家を出るときの一稀の後ろの壁。

曲芸をする河童の絵が描かれている。河童といえば勿論ここでは一稀の事。

玉乗をしながら、6つの三色団子と2本の扇でジャグリングをしている。

一稀は人間離れした曲芸のような事をせざるを得ない状況に置かれているという風に解釈できる。

以上、一稀が素っ気なく接する理由と返答につまった理由を考えてみた。

 

 

春河予想パート2

スマホのカワウソマークの意味は死?

アは欲望フィールドには登場しない。また○アはアバンを見る限り神聖なものではないかと思われる。対してカワウソマークは欲望フィールド=あの世に現れ、レオマブ公式ツイッターもカワウソマークが現れ始めてから怪しい感じに。

アニメにて、箱田がレオマブの交番で捕まってるシーンでスマホは赤背景カワウソ点滅1cパート猫山搾取後スマホだけ落っこってきて、赤背景点滅?カワウソマーク。その後黒背景のカワウソ=死?(光が飛んで行ったのは多分スカイツリーへの転送)

1Bパートラストの春河のスマホ、黒背景にカワウソ点滅。死にかけか?(これがいつのことなのかは示されてない)

2話川縁、ちらっと赤背景カワウソ。(やはり時系列がいじられてるのでは)

足が不自由なのは春河が抱えてるものの一つに過ぎない?

そしてそれを一稀も知っているとすれば?

一稀の度が過ぎた春河想いにも説明がつく。

 

仏教

レオマブ=仁王像=阿吽、河童=龍神像なので、仏教の線で考えてみた。

三途の川

1話にて恐らく放送コードの極限まで挑んだ表現を目撃しただけに、見落としてしまいがちだが、欲望フィールドに漂っているモブは幽霊の姿をしている。

欲望フィールド=あの世と考えられ、あの世といえば三途の川です。

そして本作で川といえば隅田川ですね。

1話アバンを見てみましょう。

一稀、地味に吾妻橋渡っちゃってます。(いつの話なのかは示されていない)

その後、春河の足が映り、声が水面近くから橋の下をくぐり一稀の方へ。

一稀は振り向き、一瞬桜が舞う訳ですが、桜の意味は恐らく単純に桜=春声は河から聞こえた事から、先ほど映った足は”春河“だったという事を示す演出だと思うのですが、隅田川を三途の川と見たとき、見えてくるものがある。

三途の川には3つのルートがある。

業の深さによって渡る際の過酷さが増す。

一稀は橋を渡ったのに対して、春河は橋の下。

つまり春河の方が業が深い

どうやら仏教の業とは中々に理不尽なもののよう。

 

賽の河原

冥土側の三途の川のほとりの河原の事(スカイツリー方面?)

そこでは、親より先に死んでしまった子ども達がを集め、を作ろうとすると、積み上げるたびに鬼にぶっ壊される。が、最後には地蔵菩薩が救ってくれる。という話らしい。

親を残して死ぬという事がとんでもない罰あたりな行為とされるよう。

塔っていうと本作ではスカイツリー

箱田と猫山はそれぞれハコとネコを集めてましたが

また、レオマブ達も欲望を集めていますね。

そして賽の河原には”無駄な努力のたとえ“という意味もあるようです

 

キーワードっぽいもの

阿吽、菩薩心、涅槃。

 

ア、河童とカワウソと賽の河原

アバンにて、アが神々しい雰囲気で描かれている点と、ケッピ=龍”神“像がアを使うところから、アは何かしらポジティブなものではないかと思われる。

賽の河原でいうところの地蔵菩薩がケッピ?

 

対してカワウソマークは終始ネガティブに使われてます(OP、欲望、欲望フィールド)。

鬼は積み上げた石の塔をぶち壊しますが、彼ら2人もハコ、ネコを集めていた2人を殺している。

 

 

懲りずにスカイツリー=男根のメタファー

詳細は昨日の考察

ストーリーが仏教と深く関わっているのが見えてきたあたりから、スカイツリー=男根のメタファー=ただのムッツリすけべあぶり出しトラップかと思いましたが、

一稀の望みが春河の為に本物の吾妻サラになる事であるなら、まだあり得るどころか寧ろいきり立ってこないだろうか。

それに地域猫や虹、燕太のキスはやっぱり怪しい。

神奈川沖浪裏も依然としてだいぶ重要だと思われる

 

1話の一稀、悠 考察

欲望フィールド=あの世で、ケッピは人間には見えない。つまり、欲望フィールドの存在。

では何故、2人は河童になる前からケッピが見えたのか。ケッピは燕太にアを吹き矢で貼り付ける事で見えるようにしていた。そして、ケッピが2度目の紫色の爆発をする瞬間、顔を一稀と悠の方に向けている。恐らくこの時にアが貼り付けられたのではないか。

 

ED考察

一稀

スマホ。ずっとスマホ持ってる。やはり吾妻サラを通してでしかつながれないのか。

欲の字から光、主人公の前に無数の長方形。後ろにいくにつれて小さくなっている。

後戻りはできないということだろうか

 

燕太

悲しげ。閉園後or廃墟の遊園地を背に手にはサッカーボール。

楽しかった頃、ゴールデンコンビだった頃はもう戻ってこない。

路地裏、通りに矢印。進むべき道はわかってるけど踏み出せない。

 

彼の望みは恐らく叶わないor極めて険しい。

歩道橋でなんとも言えない表情。視線の先にはスカイツリー。そしてライトアップで示される2つの円。円はつながり。

河童3人はゾンビと戦う際、ガードする時も攻める時も手をつないで回転する。つながりの力。そして、スカイツリー2つの円は誓と悠。

交わる事なくお互いの場所のみで完結している。

高架下。

後ろから何かが巨大化しながら迫ってくる。何抱えてんだよ

 

街灯の上に3羽の鳥。

河童3人組は道に迷ってる?

手の脱力感から、ちぎれたorはずしたミサンガ。

ミサンガは夢を叶えるアイテムなので、希望の皿の象徴ともとれる。

手が悲しげだし、叶えられなかったという暗示か?

そもそも誰の手かわからない。

色はアバンで主人公がつけていたミサンガで、燕太がハコに隠している奴ではない。

恐らく河童3人組の影。髪型も顔の輪郭もないし怖い。OPの肩を組み合う3人とは対照的。

下方から光を浴びるスカイツリー。夕陽とも朝日とも。

 

不明な点

何故ピクトグラムのモブの頭がちょんまげと日本髪なのか。

横断歩道の信号も提灯。

何故ケッピは一度記憶を消した後に、土下座までして助けを求めたのか。

レオマブの太鼓の意味。太鼓といえば雷神。

アバンの太鼓にはカッパシールがはりついてた。

風神は雷門に居候してるなんて言われていたらしいので、あの太鼓は雷門を表していたのかも。

とするとレオマブが阿吽なのは、二つで一つというだけの意味で、2人で雷神なのかも。じゃあ風神は?となりますね…

ケッピとサラはいつ再開したのか

そもそもケッピとカワウソは何してるのか